俳優から「役者」へ

話題の映画『国宝』を観た。封切から半月以上経ったが、結構な人気で開場前に並んでいる人もいた。李相日・吉田修一のタッグ映画は『悪人』「怒り」と印象深く、期待していた。さらに今回、脚本が奥寺佐渡子とあり、自分好みの路線かと改めて思う。まさに大画面で観るにふさわしい作品、主演吉沢亮が輝いた。
唸ったのは中盤のクライマックスともいうべき「曽根崎心中」の東一郎のセリフ回しだ。歌舞伎の所作については評価できないが、あれは成り切った感が十分だった。俳優という意味を超えた存在としての「役者」に近づいた気がする。「芸能」を他の芸能で扱うことは珍しくはない。その挑戦には本物が求められる。
数年前に原作は読了している。実に興味深いテーマを吉田修一らしい味付けで読ませられた気がした。映画化にはハードルが高い部分もあったろうが、うまく仕上げられていた。劇場でみる総合芸術とでも…。本物の歌舞伎も劇場放映することがある。今まで生観劇には叶うまいと無関心だったが、若干興味を持った。