すぷりんぐぶろぐ

今、頬に感じる風を楽しめれば…

2019年12月のブログ記事

  • 隠居断念者は、穿つ

     年初めに書いた今年の一字は「澄」。元日の日記には「汚れているが、それをどんなふうに治めるか、考える。もっとやさしく」と記してあった。何を思っていたか。いいかげんになっている心を戒めることだ。自己採点は50点ぐらいか。どうにも意識が上がらない行動もあったし、それなりに出来たこともあった。  ともあ... 続きをみる

  • 過去を整理しながら生きる

     著者の「悊」という名前の漢字は初めて見た。1927年生まれとあるので93歳か。経歴を読むと図書館学の権威のようだ。夏頃にこの新書を新刊コーナーで見つけ借りたのだが、なかなか職場では読めず延長を繰り返し、ようやくの歳末読了となった。自分の今年を象徴する意味では、いい締め括りなのかもしれない。 20... 続きをみる

  • 忘年会スルーしないよ

     3年のブランクを経て4月から勤めた図書館は、休日・祝日開館であり少人数の職員にとってかなり特殊な職場環境にある。だから簡単に会合など持てず、忘年会も実施していないとのこと。しかし、官庁よりは少ないが年末年始休館もあるからしようよと提案し、仕事納めとなる昨日夕、小宴を持てた。楽しかった。  「&h... 続きをみる

  • 柳ジョージを聴きながら「ステラ」

     「ステラ」というと思い浮かぶのは、あの柳ジョージの名曲「青い瞳のステラ1962夏…」だが、もう一つ同じタイトルの雑誌がある。NHKの週刊番組ガイド誌だ。その古雑誌が大量に寄せられたので、廃棄前に図書館で何かできないかと思いついたのが「ちょっと懐かしいTVの顔」という表紙写真だけの展... 続きをみる

  • 年の瀬の嘆きはいつも

     読み聞かせボランティアの月報担当になっていて、勤務日でなかった昨日午前に編集作業をした。順調に進み締め括りとして短いあとがきを記し、さて保存となったとき久々のPCトラブルに襲われた。えっ、えっ、なにいっと独り言をつぶやきながら様々試みたが、あえなく敗れ、その末に書いた新たな後記がこれ。 ――――... 続きをみる

  • 岸本佐知子の目標

     『ちくま』1月号の連載に、岸本はこう書いた。 Vol.183  「目標は、向こう三十年以内の恵方巻きとバレンタインとハロウィンの殲滅だ。同志随時募集中」  今月号の題を「シクラメン」とし、年末に飾ったり贈りあったりすることに疑問を抱いていることから書き出し、世の中の「しきたり」全般に対して苦手と... 続きをみる

  • M-1を真面目にみた

     ここ数年、少しマンネリ感を持って眺めていたが、今年は見応えを感じた。なんと言っても決勝に進出した三組のユニークさが際立ったと思う。優勝のミルクボーイは、ワンテーマで繰り返す形態を見事なツッコミで展開してくれた。「コーンフレーク」「最中」を、多様な解釈とアピールに仕立てた上手さが光った。  コラム... 続きをみる

  • 月は明るくとも暗くとも、ある

     岩波文庫のイメージは「堅い」だな。若い頃「読め」と大先輩教師から『学校と社会』(デューイ)を手渡された思い出がある。作家佐藤正午の小説は以前一冊だけ読んだ。文体に慣れなかったことがあり、少し面白い感想を残していた。直木賞受賞作品が「岩波文庫的」と銘打って文庫体裁で発刊されたので読んでみた。 20... 続きをみる

  • 師走の独り視聴者委員会

     久々の独り視聴者委員会をドラマ篇で。今クールで一番見応えを感じたのはNHKBS『歪んだ波紋』だった。誤報に巻き込まれた人生がどうなるかを軸に新聞報道やネットニュースなど複数の視点を扱いながら、現代社会の複雑さを描いた物語だった。派手な演出はなかったが、渋いキャストたちが好演していた。  フェイク... 続きをみる

  • 師走、読み走り終えた日記

     月1~2回ペースの読み聞かせボランティアだったが、今月は他の方の代打もあり4回。それも今週は火、木そして金曜と3日も続けた。もちろん違う学校、さらに対象学年も異なる。火曜は4年以上の上学年、木曜は3,4年生、金曜は1,2年である。そんなことで選書を前週から意識して考え、取り組んでみた。  前から... 続きをみる

  • スベロッタに座布団1枚

     様々な施設や場所の名づけを、土地の方言を生かして命名することはかなり一般的だ。秋田駅前の「アルヴェ」は広く知られているし、道の駅にも「ネマーレ」「オガール」などある。本町では道の駅施設でなく運営会社名を「オモシェ」としている。まあ一つのパターンとなった。最近見つけた、秀逸な例を紹介する。  それ... 続きをみる

  • 令和を生きる覚悟として

     平成という枠組みで時代を語る意味はどこにあるのか。30年間という括りを、個人と重ねてみる作業によって見いだせるのではないか。いつの場合も語ることによって、ほんの少しは自覚的になれる気がする。「ポスト・ヒストリー」そして「小さな肯定」は、今回の振り返りや読書によって得た貴重なキーワードだ。 201... 続きをみる

  • 脆くなった土台を感じて

     今年3月に刊行された本だがもうぼろぼろである。何度も読み込んだから…ではない。頻度の多い風呂場読書でなっなんと二度も落水させてしまい、ページ同士くっついてしまった箇所が多く、可哀そうだ。それで二冊目を注文中、いや単に汚れたからではなく、非常に考えさせられる文章が多く読み返したいと思... 続きをみる

  • 知性の不調を掘り起こす⑤

     相変わらず「僅かな努力の証し」が欲しかったのだろう。野口芳宏先生の個人誌に憧れ、平成7年「私の国語教室~すぷりんぐ」という冊子を作り、その後退職まで計9冊続けた。様々な思いからその作成を理由づけられるが、確実な一つは「研修」の強調であった。それが表裏を問わず仕事を支える矜持と信じた。  教頭にな... 続きをみる

  • 知性の不調を掘り起こす④

     「秋田の新酵母」という比喩を用いたのは、当時「秋田流花酵母(AK-1)」が開発され話題をさらっていたからである。91年には全国新酒鑑評会では金賞数でトップに輝いていた。それはともかく教育界はどうだったか。新興勢力に対する圧力はいつの時代にもあり、珍しくもない。要はどのように根づいたか、である。 ... 続きをみる

  • 知性の不調を掘り起こす③

     「本当の敵を…」と昨日書いた後に、サークル集約(第6集)を見返していたら、当時の私たちの「気分」を見事に表す拙文に出会った。  少し情けない感じもするのだが、面白いので再録してみる。現役の方もいるので実名は避けた。  (やや長文です) ・・・・・・・・・・・・    「ヤクザがこわ... 続きをみる

  • 知性の不調を掘り起こす②

     学校を退職した春に、回顧録を数回書きつけた。85年から勤めた学校は六年も在籍したのでさすがに思い出が多かった。そこには詳述していないがサークルを正式に立ち上げ、極めて限定的な実践にねらいを絞って活動した。最初は体育科の後転指導。「一人残らずできる」をどう具現化するか、技術を追い求めた。  当時を... 続きをみる

  • 知性の不調を掘り起こす①

     先週ある大会挨拶の原稿を考えたとき、主催する会ができた35年前の事を少し調べた。土曜日友人と一献を傾けた時、学校の活動が変わりゆく様に少し驚き、寂しさを禁じえなかった。日曜日に『街場の平成論』(内田樹・編 晶文社)を読み始めた。編者によるまえがきを読み、もう一度あの頃をおさらいしたくなった。  ... 続きをみる

  • なんとかなると夜道を歩く

     朝目覚めたら、ほんの少しだけ喉の痛みはとれたような気がした。今月最初の読み聞かせがあるので一応「朝読み」(笑)をしてみる。完璧には遠いがなんとかなるだろうか。持ちこむのは『ふつうに学校へ行くふつうの日』と『おおにしせんせい』。どちらも学校が舞台で、先生がきっかけをつくる話だ。初披露となる。  午... 続きをみる

  • ソウスレバ、言い訳しよう

     土曜日「あきたふるさとCM大賞」を観た方が「『そうすれば』が秋田弁だと言われたことに驚いて、その後のCMのなかみが頭に入らなかった」と、笑えるような笑えないような感想をツイッターに挙げていたと娘から聞かされた。発案から構成、シナリオ、編集まで担当した者としては、これは少し書いておきたい。  作品... 続きをみる

  • 今年の「大雪」の日は…

     二、三日前から喉がいがらっぽい。こまめにイソジンでうがいをしているが、復調には到らない。今日は暦上の「大雪」。公私ともに多忙の一日だ。午前は、町活性化センターで「青少年育成町民会議」の作文発表大会がある。準備へ出かける前に、コンビニで栄養ドリンクとのど飴購入する。これで何とかしのげるか。  表彰... 続きをみる

  • 『波』によって波立つ胸

     新潮社のPR誌を定期購読している。600号を数えたそうだ。同じように毎月届く『ちくま』と較べると、『波』の方は小説に読み応えがある気がする。まあ好みの問題ではあると思うが。さて、「創刊600号記念短編」と銘打って筒井康隆の書き下ろしに冒頭10ページが割かれている。その題名は、「南蛮狭隘族」。  ... 続きをみる

  • パクリの師走を歩き回る

     『ちくま』12月号、穂村弘が「絶叫委員会」という連載に、自作の歌を載せている。  冬。どちらかといえば現実の地図のほうが美しいということ  少し解釈に悩む一首である。  「どちらかといえば」で比較されているものは、「冬」と「現実の地図」か。  それとも「現実の地図」と「現実でない地図(夢想したも... 続きをみる

  • 変化しない感覚に向き合う

     精神年齢と言ったりするが、よくも悪くも身体の実年齢とかけ離れていると思うことが、時々ある。 Vol.182  「人間は齢を経るにしたがって老獪という成熟を手に入れることができるが、感覚だけはほとんど変化しないし、進歩もしないという実感がわたしにはある。」  月曜に読み終えた『路地裏で考える』の中... 続きをみる

  • 生活水準低下中の買い物

     最近というか、徐々にということだが、物を買わなくなっている。もちろん食べ物や飲み物、それから本、そしていくつかサプリなどは変わらないのだが…まあ、エンゲル係数だけが高く(つまり、原則でいえば生活水準の低下)なっているのは収入からすれば当然なのだが。数えるほどしかないこの頃のお買い物... 続きをみる

  • 路地裏の大人として生きる

     著者の使う「路地裏」は「路地」とほぼ同義と見ていい。地方に生まれ育ち都会暮らしに縁のない者にとって、その雰囲気はわかっても日常の暮らし方が違うし、理解の及ばぬ箇所もあるだろう。しかし「人家の間の狭い道路」という意味を考えると、強者とは異なる視点で歩む同士のようなシンパシーを感じている。 2019... 続きをみる

  • 雪道を行く、師匠の言葉

     昨日は花巻の野口塾へ。前夜からの雪は残っていたが、秋田道は県境の峠を越えたあたりから、通常の道路状況だった。山脈を境にがらりと空が変わるこの季節を改めて痛感する。心が少しだらけてきたときは、野口芳宏先生の話を聞くことが何よりの薬になる。幼子抱擁と同様、発する気に触れると元気づけられる。  研修会... 続きをみる