すぷりんぐぶろぐ

今、頬に感じる風を楽しめれば…

2018年8月のブログ記事

  • 葉月晦日に噛み締める

    8/26 今年も無事に大曲の花火を観ることができた。一時煙が流れず残念だったが、雨は降らず例年よりも過ごしやすく、また混雑もそこそこで楽な印象だった。写真は今年も上手く撮れなかった。この頃は、カメラを持つと良さを全身で受け止められないので減らしている。何より「眼福」を大事にするようにしたい。 8/... 続きをみる

  • なかみのある「なかみ」を…

     この著には見覚えがあった。ブログに感想は残していないが、発刊された頃(99年)読んでいるはずだ。短歌作品集ではなく、言葉と歌に関するエッセイである。「ダンボの耳から」という前章は、当時の日本語の使い方などについて言語学者とはまた違う感性でとらえていることが新鮮だった。今読んでも納得できる。 20... 続きをみる

  • あわいとあいだの間には

     久しぶり見た言葉「あわい」のことを書いたと思ったら、今読んでいる本に、また「あわい」を見つけてしまった。俵万智の短歌である。  空の青海のあおさのその間サーフボードの君を見つめる  若山牧水の有名な歌「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」の本歌取りとして作られたこの歌、「間」には... 続きをみる

  • 私たちは「あわい」を生きる

     『図書』8月号の冒頭に「旅する兄妹」という対談が載っていた。原田宗典、原田マハの二人の作家で、どちらにも親しみはないが名は知っている。その話で久々に出逢ったと思う言葉があった。「フィクションとノンフィクションのあわい」。「あわい(あはひ)」という語は、苦手な古文の授業で目にしたのだと思い出す。 ... 続きをみる

  • 「決める側」になる勉強不足

     ほぼ日「今日のダーリン」(8/27)で糸井は次のように書き出した。  子どものころから、ちょっとずつ、  家庭ででも学校ででもいいので、  「決める側」になるという勉強をできたらいいよね。  様々な場で生じる意見の違いを理解しつつ、限られた時間で解決するために、そうした場の経験を豊富にしたいとい... 続きをみる

  • スポーツをボーッと考えるな

     金農の吉田投手の姿を見ながら、我が子や孫に「どうだ、ボクもピッチャーやってみないか」と声をかけた人は、全国でどのくらいいるだろう。不肖ながら、私もつい声に出してしまった。そして数日後に立ち寄った書店で、この背表紙を見つけ思わず手にした。単純に感動もするが、すぐそれを疑い始めるへそ曲がり。 201... 続きをみる

  • 何故か無性に食べたくなるのは

     昨日の新聞に「チキンラーメン60年」という記事が出ていたが、実は今日25日が発売記念日である。数年前、横浜のラーメンミュージアムを訪ねた時は楽しかったし、日本人の目の付け所の素晴らしさに感じ入った。→『「食足世平」を貫いた人』。今さらながら、ラーメンは実にこの国の象徴的、典型的な食べ物... 続きをみる

  • 辞典は想像のために読む

     今や「辞書の神様の生まれ変わり」とも称される飯間さんの名を見つけ、思わず手を出してしまった。「無人島へ一冊だけ持っていく」としたら、たぶん大型辞書が最終候補に残ると思っている自分には面白くないわけがないだろう。国語辞典を「読む」コツが書かれている。「読む」とはいかに想像するか、だ。たぶん。 20... 続きをみる

  • 処暑の日に心理的避暑法

     「処」には止む、とどまるの意味があるらしい。しかし今日は二十四節気の「処暑」であるのに、隣市では最高気温が38℃を超えた。そのギャップは毎年のことといえ、ここ数年ことさら大きく感ずる。「心頭滅却すれば火もまた涼し」…小学校の担任から言われた唯一(笑)覚えている、この詩文をしみじみ噛... 続きをみる

  • オガッタ、ヨカッタ、金足農

     「雑草たちよ、甲子園でオガレ」と書いてから、ちょうど二週間。これほど甲子園を楽しませてもらったことはない。本県にとってはまさに金農フィーバーが沸き上がった夏だった。様々な視点から今回の躍進劇そして決勝は語られるだろう。自分なりの感謝を込めて、「キニナルキ」として記事から言葉を拾ってみた。  「飼... 続きをみる

  • 旅の目を持つこと

     こんな問いがある。「旅と旅行の違いは?」。旅はよく人生に喩えられたりもするし、かなり広範囲な意味を持つ。旅行は広辞苑にあるように「おもに観光・慰安などの目的」と限定されるようだ。まあ自分の場合は旅行としか言えないな、と思いつつも「旅情」「旅心」はどこかで感じる。目的の有無とは別のようだ。 201... 続きをみる

  • 風に流されず、風流を

     先日「風情」という言葉を使ったら、結局それは何かと気になり始めた。再放送されていたNHKBS「京都人の愉しみ」で、京都人は梅が好きで桜以上に風情を感じるという場面にも引っかかっていた。辞書には「風雅・風流、おもむき・あじわい・情趣」等とあるが、今一つはっきりしない語だ。「風」が根なのか。  「風... 続きをみる

  • アルルカンに試される

     「涼介は気を取り直し、オールを握った。水を斬る度に、夜光虫が光った。船の航跡が、無数の命の炎によって仄白く輝いている。」小説の結びの文章として典型的な表現と言えるかもしれない。読者いや少なくとも自分は、こういう情景への共感を呼び起こしたり、より震わせたりしたくて読むなあ、と頁を閉じた。 2018... 続きをみる

  • リアルを伝えるための演出

     昨日はあるイベントで、写真家の本間さんからお話を聞き、少し実技のポイントなども教えていただいた。カメラは趣味といってもいいが、何年やっても技術向上は果たせず(結局、機能の進歩に頼りきり)足踏み状態なので、一歩脱け出したいと思う。しかし要は撮ることを楽しめればそれでOKと改めて得心した。  カメラ... 続きをみる

  • 「正しい」は、その先にある

     町成人式の記念講演を聴き始めて3年目。密かに(笑)講演ウォッチャーを自称する者として、今回もメモを残しておかねばなるまい。まず会場に行き、すぐ目に入った演題に、おっと思った。『二つの正しい生き方』とある。新成人に向けた直球のような題名に思えるが、ひっかかる。そして興味深い。「正しい」の一言が&h... 続きをみる

  • あの春、語ったことを…

     町の成人式に列席した。長く町内に勤務したので、ほとんど毎年見覚えのある氏名が並ぶ名簿を頂く。もちろん担任としてではないが、それでも印象深く覚えている子も少なくない。今年の成人は、震災の年に卒業を迎えた者たちである。あの三月の卒業等をめぐる様々な出来事や思いは、今でも時々浮かんでくる。  あれほど... 続きをみる

  • 覚悟の揺らぎを自覚する

     先週末、野口芳宏先生が当町においでになったので、現役の先生方に混じり講座を拝聴した。模擬授業は俳句の読解。教材として取り上げられた一つに、先生が見つけられた素人の句があった。「まだ恋も挫折も知らぬ水着かな」。話者の場所を問う発問から始まり、いつものように楽しく深い、充実した時間となった。  パッ... 続きをみる

  • 「IKIGAI」を読む生きがい・了

     この本に載せられているエピソードは本当に面白い。高価なフルーツ生産、相撲力士のキャリア、伊勢神宮、明治神宮の歴史、行きつけのバーの素晴らしさ。外国人向けに書かれたが、日本人であっても知識として一般的でない、気づかなかった内容も多いのではないか。その意味では日本自体を考える著とも言える。 2018... 続きをみる

  • 「IKIGAI」を読む生きがい・参

     この著では冒頭に、読者への覚え書きとして「<生きがい>の五本柱」を挙げている。「小さく始めること」「自分からの解放」「調和と持続可能性」「小さな喜び」そして「<今ここ>にいること」。それらに順番や序列はない。絶対的でもないと記している。自分の好奇心が引っかかる箇所から「小さく始め」ればよい。 2... 続きをみる

  • 「IKIGAI」を読む生きがい・弐

     「生きがい」を考えるうえで重要なポイントになる「こだわり」について、著者はこんなふうに記している。「<こだわり>の重要な点の一つは、市場原理に基づいた常識的予測のはるか上を行くところに、自分自身の目標をおくことである」。現在の経済優先世界に振り回されないための「重し」と考えることもできる。 20... 続きをみる

  • 「IKIGAI」を読む生きがい・壱

     中学生だったはずだから言葉は知っていただろう。だからその歌謡曲の題名にはちょっとした違和感があった。1970年、由紀さおりが「生きがい」という曲を歌った。別れた恋人を今も思っているというだけの詞なのだが、作詞家山上路夫はそう表現したのだ。これは未練ではなく、思い続ける些細な毎日の糧であると。 2... 続きをみる

  • 「事実の素性」を想像する

     『テレビの嘘を見破る』の著者今野勉氏が秋田出身だとは知らなかった。この方はあの長野五輪の開・閉会式プロデューサーも務めている。  さて、この新書で考えるべきことはいくつかあり、前回書き残せなかった下記のことが特に印象強く、メモしておきたい。 Volume115  「厳しく問われはじめた事実の素性... 続きをみる

  • 雑草たちよ、甲子園でオガレ

     真面目な甲子園ファンではない。しかし御多分に洩れず地元チームは応援する。ただ出場する高校によって、思い入れの強さの違いがあることは認めよう。金足農はやはり県内出身者のみによって構成されているし、今までの歴史からして期待度は大きい。本県では金足農と聞いて野球を連想する人が圧倒的ではないか。  自分... 続きをみる

  • テレビ世代の参考書

     スマホばかり見てると…と今の子は言われ、一昔前はゲームばかりしていると…と言われ、大昔はテレビばかり見ていると…と言われ、似たように時代は流れていくものだ。肝心なのは、その使い方やつきあい方である。そのためには時々離れること。それからその対象の内側を覗く... 続きをみる

  • 落語のマクラで凌ぐ

     一雨来たなと思ったら、隣県では豪雨被害も出ていて、その極端さに呆れてしまう。また猛暑は中部地方など続いているようで、さらにまた台風接近もあったりする。以前から軽口を叩いていたが、正直「ほんとにオリンピックなんて開いていいの、この時期に」と考えるのは私だけではないはず。リスクだらけだ。  一庶民が... 続きをみる

  • 脱「集中力信仰」日常編

     『集中力はいらない』(森博嗣 SB新書)を糧として、もう少し。甲子園が始まった。「本気の夏、100回目」が今大会のキャッチフレーズということだ。今日の選手宣誓の締め括りにも使われていた。昨日からの流れで考えれば、「本気」はどうも「集中力」と似通っている。そういうイメージが付きやすい言葉だろう。 ... 続きをみる

  • 脱「集中力信仰」基本編

     うすうす気づいていたことだ。学級担任の頃「集中」という言葉は毎日のように使っていたし、集中力と持続力の二つを正面から据えたこともある。しかし、それは何の目的、どういう意味を持つかとあまり考えてこなかった。自分もまたそんなふうに教育されたことも関わるだろう。もう一歩認識を深めるべきだった。 201... 続きをみる

  • 失敗の数だけカットバン

     著者が「失敗学」の権威であることは知っていた。ビジネス雑誌などで文章を読んだこともある。この新書を読む前、ふと「失敗の反対語は?」と呆けた問いが浮かんだ。「成功」と思い出すまで考えたのは、「失う」「敗れる」の逆だから「得勝」…そんな熟語はない。だが、失敗の対語範囲は、結構大きくはな... 続きをみる

  • 落穂から可塑性復活?

     ここ10年ほど、ほんのメモ程度の日記をどうにか(まとめ書きもありつつ)継続できている。それ以前は全く三日坊主の典型。数日前からその書き散らしたノート等を処分していたら、結構な「キニナルキ」も残っている。身辺雑記は用なしだがこちらはピックアップして転記する。  「物質的なゴールの見定め」(倉本聰)... 続きをみる

  • 真夏に「かるた」も乙なもの

     「まったく世の中のためにはならないけれど、ときどき向こうから勝手に吹き出してくる、あまり知的とは言いがたい種類のへんてこな何か」を「かるた」形式で表わした一冊だけれど、数多いるだろうファンの方々はどう読まれるのだろう。村上春樹小説にやや苦手意識のある自分にとっては、やはり難しかった。 2018読... 続きをみる

  • 思い込みは火星のせい?

     昨夜9時、外へ出たら一目でそれとわかるほど輝いていた。一等星の何倍も明るく色味もある。天文ファンではないが、ロマンは感じる。しかし我々の世代で火星と言えば火星人、それはタコの形をしているイメージが強い。考案した人は何を考えモデルとしたのか。妄想好きは、あそこにタコがねえと思ってしまう。  8月1... 続きをみる