美しくないことが、その要件だ
校内で、夏休み中に参加した諸講座や研修の報告会を持った。 新教育課程になり、各種計画の整備が求められている。いや実際には移行の時点から計画は立てられ、今はそれを修正していく、調整していくという段階だろう。 広範囲のことだから全部順調だとは言えないが、そういう現状に「指導」が加えられる時、どう... 続きをみる
今、頬に感じる風を楽しめれば…
校内で、夏休み中に参加した諸講座や研修の報告会を持った。 新教育課程になり、各種計画の整備が求められている。いや実際には移行の時点から計画は立てられ、今はそれを修正していく、調整していくという段階だろう。 広範囲のことだから全部順調だとは言えないが、そういう現状に「指導」が加えられる時、どう... 続きをみる
新潮社のPR誌である『波』が500号となった。 それを記念して、表紙に掲載している作家の筆蹟が「文士たちの筆蹟」としてギャラリーっぽく特集されてある。 これがなかなかいい。 記念すべき一号は、あの川端康成だそうである。 その言葉は「風雨」。 それ以外にも超のつく有名作家が並んでおり、さ... 続きをみる
二学期初日。 西側の校門のところでちょうど下水道工事をしており、集団登校の列に何かしら影響があるものかと思い、いつもより早めに学校に行き、その場所に立って子どもたちを待つ。 工事の開始時刻を遅らせてもらうことは昨日確認したので、その点は安心だったし、さすがに鉄板など敷き詰めて安全性は確保でき... 続きをみる
朝から絶え間なく報道されているので、今日担当する職員研修の導入にその話題でもと思い、使ってみた。 「1956年3月生まれで全く私と同じ齢ですが、島田紳助のように私は辞めることはできません。だから頑張らなければと思って、このパワーポイントを作りました」…そんな前振りで二学期開始にあ... 続きをみる
ぐんと涼しくなった。 夏季休業もあと二日となり、そろそろ学期モードに切り替えが必要となっている。 この夏は研修のための遠征が出来なかったことが少し心残りだが、それなりに公私共に充実していたように思う。 参加した研修会はそれぞれ学びが大きかった。 このブログを中心に感想メモを残しながら... 続きをみる
以前『渋滞学』という新書があるのを、書籍紹介などで見かけて、世の中には様々なことを研究する人がいるものだなあと、妙にその命名が気になっていた。 でもなあちょっと難しそうだし…と進んで手を出すことはなかったが、先日書店で「知りたい!サイエンス」シリーズと銘打って、次のような本を見か... 続きをみる
鳥獣戯画という素敵な絵を社会科の教科書で見たことがあります。 『風葬の教室』(山田詠美 河出書房新社)は、そんな一文から始まっている。 それはどんな意味があるのだろう、と思い巡らすことになった。 というのも、昨日は午前中に所属している研究会で、来月の授業研究会に向けて指導案検討が行われ、そ... 続きをみる
『授業からの解放~フレネ教育運動の試み』と関わって、もう二つばかり書きとめておきたい。 フレネ教育に限らず、伝統的な教育からの脱皮、革新を目指した動きが、この国全体に拡がらなかったのは何故だろうか。 この件に関して教育学や教育史学等での検討、研究はあるだろうと思う。 全くそういう知識なしに... 続きをみる
再び『授業からの解放~フレネ教育運動の試み』から。 書名となっている最終章の「3 授業からの解放」は読みごたえがあった。 北海道教組の教研集会での講演がもとになっている文章である。 冒頭のところの、この問いかけに考えさせられた。 今、日本の学校の授業で、この「導入」をたいせつにしようとい... 続きをみる
先月末に上條晴夫先生がブログで取り上げていて、 http://ameblo.jp/gbc02527/entry-10966310374.html 前から少し気になっていたので、取り寄せて読んでみた。 『授業からの解放~フレネ教育運動の試み』(村田栄一 雲母書房) 教育潮流という表現があ... 続きをみる
のんびりと録画しておいた映画を観た。 『60歳のラブレター』 http://eiga.com/movie/53942/ 銀行が主催した企画で、長年連れ添った夫婦の話を集めその中の秀作を映画化したらしい。 取り立てて良いとは思えなかったが、イッセー尾形と綾戸智絵の夫婦はなかなかであった。 ... 続きをみる
『復興の精神』(新潮新書) いわゆる識者と称される方々だろう、九名それぞれが今回の震災について、震災以降の生き方について、考えや思いを述べている。 養老孟司、茂木健一…最後の阿川弘之まで、いずれもビックネームなのだと思うが、存じ上げない方(文章は読んでいるのかもしれないが記憶が... 続きをみる
宅配用の覆われている黄緑色のビニールを破り、その特集名を見たときに、ふっと違和感を覚えた。 『国語教育』(明治図書)の2011.9号である。 特集名は「好かれる国語教師の条件」。 中味を見ずに机上に置いたままだったが、昨日、石川晋先生のブログで触れられていたので、改めてページをめくってみる... 続きをみる
六月にある雑誌記事を読んで「98歳の立ち姿から教えられる」とこのブログに書いた。 http://blog.goo.ne.jp/spring25-4/e/3526519b01ad511a61742fed02509563 過日、単行本が出ていたので買い求める。その翌日一気に読了した。久々である。... 続きをみる
地域にある算数数学研究会が主催して、本校を会場に授業研究会を持った。 夏休み中であったが3年生5年生が出校し、講師の先生方の授業をうけ、それをもとにした研究協議や講演が行われた。 (数枚のスナップは本校ホームページで) http://www.yutopia.or.jp/~miwasho/ ... 続きをみる
“「問い」を発する子ども”を育てるには、“「問い」を発する教師”の存在が必要である。 口幅ったい言い方だが、開会で挨拶させてもらった。講師のお一方の資料にも同様の言葉が記されていた。 時間を長めにとったにも関わらず、わずか三名の質疑・感想しか出... 続きをみる
「問いが大事だ」と百万回叫ぶだけでは、何も変わりはしない。 では、どんなふうに迫っていくか。 “「問い」を発する子ども”の残り二つの視点を見ていく。 「発する」と「子ども」である。 「発する」前に必要なことがある。 問いを「持つ」「浮かべる」段階である。 「問... 続きをみる
“「問い」を発する子ども”は、本県秋田の「学校教育の指針・本年度の重点」というリーフレットの表紙に大きく掲げられたフレーズである。 四月当初少し唐突な形に思えたその文言について、他の関係資料に説明らしき文章はなかった。その後、いくつかの会で確認はあったが突っ込んだ話はな... 続きをみる