2010年4月のブログ記事
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「撮る」を続けていきたい
しばらく更新できなかったフォトのページ。 五ヶ月ぶりのアップをした。↓ http://spring21.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-710b.html 冬にあまり撮れなかったのは環境の変化だろうなと思う。 勤務校周辺の自然環境に違いが... 続きをみる
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求めるもので距離が違う?
先週読んだ『叱る技術』(上條晴夫著 学陽書房)の中の第1章「叱る技術」のトップにあるのが、「距離をとってから叱る」。 かつて、上條先生を招いてお話を聴いたとき、それから児童対象の授業をしていただいたときも、「距離感」という点が強く印象に残っている。 メモ程度であるが、こんなふうに書き残してい... 続きをみる
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おはようございますの導入
『おはようございます!』 「おはようございます。」 まだ目覚めていない声だ。 『ちょっと元気がないなあ、もう一度。おはようございます!』 「おはようございます!」 声は出てきたが、ちょっとそろわない。 『んんんっ、85点!じゃあ、先生の言う通りにやってみて。…お、はよう... 続きをみる
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浅瀬を渡るリアリズムか
教育雑誌にじっくりと目を通すゆとりがなかったので、今頃になって4月号(もう5月号も出ているのに)の中味をめくったりしている。 『総合教育技術』(小学館)には、野口芳宏先生の連載があるのだが、それまで読んでいなかったのだから、よほどぼやっとしていることがわかる。 教師人生を楽しむと題された連載... 続きをみる
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声は鍛えられてきたか
かなり前のことである。 地方のある首長の演説を聞いたことがあった。 低く落ちついた声で始まったその話は、徐々に(本当に知らず知らずのうちに)高く強い声になり、叫ぶような調子で締めくくりとなった。聴衆はそれにつられた様に熱い拍手を送ることになった。 はああ政治家という人種の語り方とはこんなふ... 続きをみる
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加州のピンクスリップ
色気のあるような話ではない。 ピンクスリップとは「解雇通知」のこと。 NHKBSで放映されたドキュメンタリーで、カリフォルニア州での教師大量解雇が取り上げられていた。↓ http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=00... 続きをみる
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雑談は雑には語れない
少し以前に発売されたビジネス誌をみていたら「雑談力」という特集があった。 何でも「力」をつければそれなりに感ずるものだが、ビジネスの世界では雑談が好印象につながることは多いだろうし、一つの強力な武器と言えるかもしれない。 教育現場であれば、対象は同僚だったり子どもだったりするわけだが、その点... 続きをみる
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ジョークは声にのせて
アメリカ映画などを観ていると、腹を抱えたり身体を叩き合ったりして笑い合うシーンがよく出てくる。ジョークということなのだろうが、その意味がよくつかめずポカンとしてしまったことも結構あったなあ。 日本の映画やドラマには、めったに見られない場面でもある。そもそも実生活でそういった事はめったに起こらな... 続きをみる
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「教育は人なり」の否定と強調
昨日の協議会で、冒頭の教育長挨拶に、 「『教育は人なり』という言葉は、私たちが身内で使う言葉だ」 という内容があった。 確かに。 人によって左右されるような教育のあり方は、行政を担う方々にとっては排除されるべきものだろう。 保護者にとってもかなり怖い言葉である。 年度初め、学級のシステム... 続きをみる
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「しあわせのへや」にする思考
新年度、まだ手をつけられないでいることの一つに空き教室の活用がある。 もっとも、三学期すでにその問題について提示していたので、いくつかのプランは出てきている。あとは具体的な動きを待つだけである。 グループで協議したときに出た話題として、学級にいる気にかかる子どものクールダウンの部屋として残し... 続きをみる
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わかりきっている問題
入学式。 (本校ブログはこちら) いつの年であっても、緊張している一年生の姿は可愛らしく、少し緩んだりする瞬間に見せる表情がたまらない。 もう4回目となる入学式での挨拶、今回は自分のイメージするモノを結局見つけられず、輪(リング)と目標を書いた言葉を使うことになった。 「やさしく」「かし... 続きをみる
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数と質で足元を見直す
怒涛のように、という形容は大げさだが、仕事量的にはかなり負担を感じたここ数日だった。校外の仕事の割合が圧倒的というのも悲しいが…。 それはさておき、ようやく少しの休息時間を見つけることができた今日の午後、手元にある教育雑誌を開くと、冒頭に文科省の副大臣の文章があった。 何度なく... 続きをみる
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何を値踏みされるのか
野中信行先生が、今日のブログにこう書かれていた。 1週間は、値踏みの時間である。 子どもが先生を値踏みする時間。 値踏みされていることを自覚して、取り組まねばならない。 「値踏み」とは、「見積もって値段をつけること(明鏡国語辞典)」の意であるが、「評価」と言い換えることもできるだろう。 ... 続きをみる
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