具体的な姿としての「学び合い」
岩波ブックレットの『教育改革を評価する~犬山市教育委員会の挑戦』を読んだ。わずか70ページあまりの小冊子ながら興味深い点がいくつかあった。 話題の犬山市の教育を、苅谷剛彦氏を中心とするグループが評価プロジェクトを組んで調査を行い分析をしている。 質問紙調査のことが前半の中心になっているのだが... 続きをみる
今、頬に感じる風を楽しめれば…
岩波ブックレットの『教育改革を評価する~犬山市教育委員会の挑戦』を読んだ。わずか70ページあまりの小冊子ながら興味深い点がいくつかあった。 話題の犬山市の教育を、苅谷剛彦氏を中心とするグループが評価プロジェクトを組んで調査を行い分析をしている。 質問紙調査のことが前半の中心になっているのだが... 続きをみる
昔(この場合は1980年頃か)受け持った子どもに「好きな言葉」を聞いたとき、「らく」と答えた子がいて唖然とした記憶がある。 今ならきちんと切り返してあげれるのになあ、とふと思った。もっとも、そんな言葉さえ出ないかもしれない。 さて、先週六年生が修学旅行でプロ野球観戦をした。楽天VSヤクルト戦... 続きをみる
金森俊朗氏の本を読むのは初めてだった。 もちろんその名前は知っていたし、「いのちの授業」などの実践も雑誌等で断片的には目にしていた。 実は、以前NHKで特集したときに録画しておいたDVDがあるのだが、なぜかまだ視聴していない。 今回読んだ『いのちの教科書』(角川文庫)の冒頭に、金森氏が... 続きをみる
ビジネス誌に昨年あたりから「見える化」という言葉が目立つようになった。 「可視化」といってもいいのだろうが、「見える」と置き換えたことによってねらいが焦点化されたように思う。私たちの仕事にとっても、様々な意味で使えると思って下のようなことを書いてみた。 ------------ 縷述~つながる... 続きをみる
『NEW教育とコンピュータ』(学研)6月号に、五反野小学校の三原校長が話す事例が載っていた。 三原先生の話は数年前に聴いたことがあったが、正直なところ印象が強いものではなかった。民間企業から着任したての時期だったと思うが、自分の傾聴する気持ちが弱かったのだろうか。 しかし、今回の記事は惹きつ... 続きをみる
「修」という字は名前によく使われている。結構いい響きを持っているなあと以前から思っていた。 今回、修学旅行に絡めて改めて調べてみると、また意味も深い。 毛筆で書くときのイメージもわいてくる。背中に水をかけて清める…すらりとした字がかけそうな気がする。 -------------... 続きをみる
『風穴をあける』(角川文庫)という谷川俊太郎のエッセイ集を読んでいたら、実に強烈な文章に出会った。 十数年前に書かれた「教室を批評すること」と題された中の一節である。 教師たちは現代日本の病んでいる部分の、もっとも見えやすいひとつの症候として存在しているように私には感じられる この感覚を額面... 続きをみる
『プロフェッショナル 仕事の流儀』は楽しみにしていた藤澤和雄調教師の回である。 内容そのものは、正直いつもよりぼんやりしている印象を受けた。藤澤の語り口がそんな感じがするからだろうか… しかし、私にとってはとても印象深いナレーションがあった。 藤澤は学生時代に教師を目指してい... 続きをみる
学校は遠足、旅行のシーズンである。 いくら家族旅行などが一般的になったとしても、学校での遠足は子どもたちにとってもまた違う楽しみがあるはずと思う。もしかすれば、その楽しみの大小は学級経営にかかってくるのかなと、ふと考えた。 旗を掲げて集団で歩むことは、悪いことばかりとは言えない。 -----... 続きをみる
音読や暗唱を重視する活動の意味づけは、いろいろな場で行う必要がある。 そして取り立てて行うことに関しては、その有効性を強く信じるという点が大切ではないか。だからそのために繰り返しいろいろな機会を通じて、話し、書くということに努めている。 ---------------- 今年度本校では「... 続きをみる
この新書で二人が語っていることに対して、自分が抱いた感情は発見であり、納得であるが、同時に時代のうねりに対する不安も大きくなったような気がする。 ついていけるか、ついていくことに意味があるのか、他にどんな生き方があるのか、様々な思いがわき上がってくるのを感じた。 『ウェブ人間論』(梅田望夫・... 続きをみる
金曜日の校内研修会では、地元にいる元アナウンサーを招いた実技研修会を行った。本年度「声を届ける 受けとめる」を研究主題に盛り込んだので、その一つとして設けたものだ。 6年生への特別授業後、職員対象に質疑応答や実技をしたのだが、その内容の一つにこんなものがあった。 4,5人を後ろ向きに立た... 続きをみる
『欲張りすぎるニッポンの教育』(講談社新書)は、先日取り上げた箇所だけではなく、読みどころいや考えどころ満載の本である。 苅谷剛彦氏とジャーナリスト増田ユリヤ氏との対談を中心に構成されているが、総合や英語に始まってフィンランドの教育との比較などが、平易な表現で語られている。今まで数冊読んだ苅谷... 続きをみる
桜の季節が終わった。 去年は、廃校跡と絡めたことを別ブログに書いたのだが、今年は少し余裕がなかった。 それにしても、満開と運動会の日がぴたりと重なったことが何より嬉しい。 自分の家のことを思い出してもそうだが、将来その日の風景を思い出したときに、桜は大きな背景の一つとなってくれる。 そし... 続きをみる
苅谷剛彦氏が『欲ばり過ぎる日本の教育』(講談社現代新書)で、ちょっとおもしろい喩えを使っている。 マクドナルドのシェフの悲鳴 これだけ読むと、なんのこっちゃと思うことだろう。そもそもマクドナルドにシェフなんているのかい、などとも考えるかもしれない。 意味は、この文章を読むとわかるだろう。 ... 続きをみる
連休中のある日、昼下がりに小さな学校についてのTV番組が放映された。 「○○小学校物語」と称されたその番組を、少し期待をして見たのだが、正直少し物足りなさが残った。 同じ県内にある、全校児童7人という極小規模の学校を取り上げて、その一年を追うものであったが、「密着450日」というナレーターの... 続きをみる
浅田次郎氏がエッセイ集『人は情熱がなければ生きていけない』(講談社文庫)で、ちょっとおもしろいことを書いている。 ふと思うのだが、近頃自己評価の甘い人間が多いのは、われわれの生活からこの大鏡がなくなったせいではあるまいか ここで言う「大鏡」とは「大きな鏡」のことで、昔の銭湯にあったようなもの... 続きをみる
月初めの集会で「こいのぼり」について話をしてから、おり紙の「かぶと」を見せ、新聞紙で作ったものを一人の子の頭にかぶせた。 こいのぼりの泳ぐ姿がめったに見られなくなったのは、少子化の一つの風景であるし、親の願いが明快でなくなったことの表れとも捉えられるのではないか…。 この文章の... 続きをみる
伊集院静氏の著した『MODESTY』(ランダムハウス講談社)を読んだ。 サブタイトルが「松井秀喜 つつしみ深い生き方」である。アメリカで『HIDEKI MATSUI』として発刊されたものの日本版ということらしい。 氏と松井選手との交流は有名なことであり、エッセイ等で書かれてあるのを何度も目に... 続きをみる