すぷりんぐぶろぐ

今、頬に感じる風を楽しめれば…

消えうせた方がいい意欲

すぷりんぐ
雇用環境の激変は、子どもの学びへの意欲を大きく減じたかもしれないが、そこで減じられた意欲は、子どもたちをことさらに形式的な学びへと駆り立てる意欲であり、実質的な学びへのあこがれを抑え込んで来た類の意欲である。そんなものは、消え失せてくれた方が教育のため、学校のためだとくらいに思った方がいいのではないか。
奈須正裕「児童心理2005.6」(金子書房)


現場で「学力」「意欲」と呼んでいるものの正体は
そんなきれいごとで済むものではないが
何が真実かと問われれば
それは教師なら誰でもわかる。
腹を据えて取り掛かれるかどうかである。

「言語技術的」という観点

すぷりんぐ
学級崩壊は若い未熟な教師だけに起きるとは限らない。教師と生徒との「話す・聞く」がうまく機能しない場合には、いつでも、どこでも学級が崩壊する。こういう観点から見ると、学級崩壊はたいそう「言語技術的」な問題である。
市毛勝雄「国語教育2005.6」(明治図書)


コミュニケーションなどというたいそうな言葉より
言語技術と明確にさせたほうが
手立てがより明確になりやすいことは確かだ。

今日、あなたは子供の話を頷いて聞きましたか。
今日、あなたは短く的確な指示を与えましたか。

「ゆとり教育」が外したポイント

すぷりんぐ
「思考重視」の教育をだれが批判できるだろうか。教育改革の「方針」として、「思考重視」を打ち出したことにだれも異論はないだろう。では何が問題なのかと言えば、それは「方策・方法」が問題なのである。文部科学省は教育の「質的変換」を図りたいと言ったけれども、まさにそれを授業で実現するには「学習上のゆとり」を得るために、一定の授業時数を学校で確保しなければならない。
安彦忠彦「現代教育科学2005.6」(明治図書)


スローガンとしての「ゆとり教育」は
様々な解釈を生みだしてしまった。
その言葉を使った側も、認めてしまった側も責任があろう。
どこに焦点をあてたら良かったのか
ポイントを外したつけがやってきている。