すぷりんぐぶろぐ

今、頬に感じる風を楽しめれば…

「たこぶね」を羨むだけの雄ダコ

すぷりんぐ

            

           「いつかたこぶねになる日」(小津夜景 新潮文庫)


 著者は北海道生まれで、現在南フランスのニースに住んでいる俳人。句集による受賞歴もあり、また漢詩を独特の感性で「翻訳」したことで注目されているらしい。誰かは失念したが、ある作家の書いた文章にその個性的な名前が挙げられていたので気になった。検索してみたらエッセイ集が出ており、一冊注文した。


 届いたのはごく普通の新潮文庫だったが、最初ページに触った時、あっこんなするりとした紙質感は久しぶりだと感じた。たまたまだったと思う。しかし、その印象が全体的に漂う本だった。居住地、職業はもちろん、漢詩に造詣が深いと聞けば憧れしか湧かない。まさしく南仏の海(シランケド)のように輝いて見えた。


 高校の時から漢詩はちんぷんかんぷんで、日本人も数多く作品を残していること自体、あまり頭に残っていなかった。その意味では紹介された詩に接して新鮮味を覚えた。例えば良寛。こんな個性的な詩を詠んでいる。


孰謂我詩詩

我詩非是詩

知我詩非詩

始可与言詩


 著者はこう訳した。「僕の詩を詩だというのは誰か/僕の詩、それは詩ではないのだ/僕の詩が詩でないと分かる人こそが/はじめて僕と詩を語ることができる」なんとなく、原詩を読み下したくなる気持ちがわく。五言絶句と七言律詩の区別もおぼろげな者にも、遠きその時代の浪漫のような感覚が芽生えたのだ。


 「たこぶね」は「タコの仲間で、雌は貝殻を自ら作りそれを背負って生活する。 殻は卵を保育するためのもので、雄は殻を持たない」そうだ。その殻はコレクターにとって「憧れの品」だとも言う。通常は浮遊しているが、時に取り込んだ海水を噴射して前進する。雌しかできない姿か…羨ましく眺める雄の読者でした。

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