自分の「身も蓋も」考える

おしゃれと無縁に生きる 村上龍 幻冬舎文庫
この著名な作家の小説はほんのわずかしか読んでいない。ただ、エッセイやネット上の文章 (JMMというサイトには、教員時代に影響を受けた)は記憶がある。このエッセイ集はおよそ10年前くらいの雑誌連載などが中心になっている。短い分量での言い切りの形が多分に影響するのか、途中でこんなふうに感じた。
そんなふうに身も蓋もない言い方をしなくても…
「身も蓋もない」という慣用句が久しぶりに思い浮かんだが、さてこの「身」ってなんだろう。と思った。「中身」ということだろうとは予想できるが、どうして「蓋」と対になるのだろう。中にあるものと外を囲うものということ。その両方がないので…ということか。ところが、辞書を引いてみると一つ発見をした。
★今日の辞書引き★
【身も蓋もない】…露骨すぎて、情味も含蓄もない。
【身】⑪蓋のある器物の、物の入れる方
【蓋】①容器や箱などの口・穴を覆いふさぐもの。

つまりは「身も蓋も」とは「容器」そのものを指す。では「容器がない」とはどういうことか。「収まりきらない」「入りきらない」と考えてもよくないか。広辞苑以外では「あらわに表現しすぎて、含みや味わいがない」と記す辞書もあった。しかしそうした否定的な意味より、予定調和でない見方を示したと解釈した。
その表現に、発想に少し驚かされたのだ。ページの端を折った箇所を引用してみたい。それは、自分の「身や蓋」について改めて見直すことに通ずる。
P50 重要なのは、どんな状況でも危機感を持つということだが、非常にむずかしい。危機感というのは、実際に危機の連続に身を置かないと生まれようがない。
常套句のように使われるその言葉。本当にその場に踏み込んだ者、呑みこまれた者しか持ちえない感覚を安易に語るな。
P158 歳を取ることでいいことなんか何もない。若い人はそう思うべきだ。
まさに。体力、精神力が落ちているという現実を十分に理解しつつ、どこか目を背けている、何か別のことにすり替えている…