すぷりんぐぶろぐ

今、頬に感じる風を楽しめれば…

2018年7月のブログ記事

  • 雲と鉛筆のあいだにあるもの

     結構な数の本を読んできた。この頃、一番価値があるのは「思わず声に出して読んでみたくなる」文章との出逢いと思えてきた。意味を読み取るとはまた別に、分からなくとも自分を心地よくさせてくれる響きを持っている。お気に入りの詩人たちの詩、かの池田晶子の書く文章、そして吉田篤弘の新刊本もそうだ。 2018読... 続きをみる

  • 捨てられない名刺

     思い出したように机の中を整理していて、ずっと処分していなかった名刺に手をかけ始めた。頻繁に名刺を交換したりする仕事ではなかったにしても、ずいぶんと溜っていた。処理する基準は…パッと顔が浮かばない人、頂いた時の肩書、勤務先しか記していない人、それにすぐ連絡先がわかる人ということだろう... 続きをみる

  • 「ほぼ思考」で生き残ろうぜ

     録画していた「NHKプロフェッショナル仕事の流儀」で、辞書編集者として著名な飯間浩明さんの回をみた。氏のネットに載っている発信も面白く、興味深く見入った。新語を扱う場面で「ほぼほぼ」という語が出て、これが某社で選んだ「今年の新語2016」大賞に輝いたのだった。ちなみに去年は「忖度」である。  一... 続きをみる

  • 規準は自分のなかにある

     「わたしには孤独死の範囲がよくわからない」と著者は書く。メディア内の「孤独死」という言葉で、「なんとなく」イメージできる事はあるが、本当に孤独と断言できるか。まして死という状況を安易に重ねて判断していいものか。軽く再読と手にしたが、時代の流れ、人間同士の関係性が浮かび上がる一冊と感心した。 20... 続きをみる

  • 動詞遣いの迷人

     田舎者が都会に出ると、無意識に(いや十分意識的に)方言を隠そうとする。紛れもなく自分もその一人。還暦超えがそんなことに見栄はってどうすると思いつつ、それは東北人の性か。つい使ってしまうふだんの方言、特に動詞遣いにストップをかける瞬間が出てくる。今回の旅の最初は秋田空港内ラウンジだった。  出発時... 続きをみる

  • 暑くとも、今すぐ小さく笑え

     自分が置かれた環境を、そのまま受け入れたり、働きかけて変えたりしながら、我々は生きている。当然自然環境も当てはまることだ。とすれば、災害やこの酷暑なども含め、受け止め方について少し考えを巡らしておくことは無駄にはならないはず。修養としてこんな本を手にとって読んでみることも、たまにはいい。 201... 続きをみる

  • 大暑に並び、笑い、急いで帰る

     日曜夜、素麺塾から宿に近い君津駅前までさくら社の横山社長に送っていただく。ふと足の異状に気づく。長く座っていて痺れただけと思ったが、なかなか痺れが取れない。もしかしたら…と変な想像が働く。長時間の高温もあるかととたんに不安になる。明日はどうするか、ホテルのベッドで様々な場合を想定し... 続きをみる

  • 酷暑に「家宝」を手にする

     三年ぶりに野口芳宏先生のご自宅で行われる素麺塾に参加した。以前も同じ時期に何度か伺ったが、これほど暑い夏はもちろん初めて。朝一番の飛行機のなかで「到着地の羽田空港は朝7時半現在30℃」というアナウンスを聞き、身が引き締まった(笑)。この暑さに負けないほどの熱を持ってと言いたいところだが&hell... 続きをみる

  • 「ほど」が機能を維持する

    Volume114  「人間の便利さと道具としての使いやすさの”ほど”が良かったんだと思います。いまは大事なところまで機械に手助けされて、人間の機能が失われている気がする。」  通販雑誌の対談で、落語家の春風亭昇太が昭和期の家電について語ったことば。  内容も確かに頷いたが... 続きをみる

  • 夏の極私的駄目出し

     暑さのせいではないが、ちょっとイラっとする。まずは大相撲。今場所の異状さはファンなら誰しも感ずるだろう。が、休場力士の多さはここ数年の状況をみると、たまたまだとも言えまい。専門的な見地からの指摘も数多いはずだ。大相撲も興行であるなら、力士は役者と同じ面を抱えている。それが揃わないのだ。  運動競... 続きをみる

  • ヤツメウナギと「ウ」の口

     去年の「土用の丑の日」はずいぶん豪華な中身を書いていたものだ。我ながら、よだれが出る。今年も「行事は大事にせねば」と訳の分からぬ能書きをたれて、スーパーの広告を羨ましそうに眺めたら、少しはありつくことが出来た。食べつつ、ウナギつながり話題で「ヤツメウナギ」と口にしたら、ふと昔を思い出した。  二... 続きをみる

  • 気づいたら、おみなたち

     今月は自家用車運転の旅があったり、宿題でバタバタしたり、落ち着いた読書(いつもそうではないだろうと心の声はする)ができない。未読の在庫もなく、ではと少しばかり中古書店へ行って仕入れてきた。目についた背表紙を取ってカゴに入れてみると、なんだか女性作家ばかりになってしまい…。本性が出た... 続きをみる

  • 1000枚目の典型

     OLYMPUSの XZ1は数年前買ったデジカメである。安価ながらF1.8の絞り値で、主に室内用として重宝している。最近はもっぱら「家食」が多く、昨年閉じた食ブログのデータはそれで撮った写真が多い。パターン化してきたのでペースは落ちているが、おっと思う食は残す。最近だと、これか。ドジョウである。 ... 続きをみる

  • 「またナスがあ」という未熟

     今その場にいたら驚くほどの食卓だったはず。それほど「ナス」だらけだと思い出せる。味噌汁、漬物、煮物、素揚げ、天ぷら…そしてそれが何日も続く。子どもにはしょっぱいナス漬を小さく刻み、コップの中の水を吸わせる。「またナスがあ」と言われても、日々は続いていた。  いつの頃からかそんな毎日... 続きをみる

  • 小市民のそんな在りかた

     久しぶりに「宿題」を仰せつかり、ここ数日あれこれと忙しく、また悩ましい。ある会議のための資料作成ということだが、ちょっと創造力が必要な事項なので、夏休みの自由研究で悩む小学生のようなものか。時間はたっぷりあるが、やり遂げないと自分の好きなことはできない。  性格的には、ぎりぎりになるまで手をつけ... 続きをみる

  • 常ならぬ日常についていく

    一時は盛んに見聞きしたが、なんだかあまり言わなくなった「異常気象」。まあこれだけ豪雨による災害が例年のように発生し、熱波と呼んでいい高温が続くと、誰しも「異常」の「常」とは何だろうと思ってしまうから、当然かもしれない。異常と呼んでいた状況が日常に近くなることは、けして喜ばしい事ではない。 「たぬき... 続きをみる

  • 北紀行~やっぱりコトバ篇

     長いドライブにはよそ見運転がつきもの…なんて、怖いことは書かれないが、見知らぬ土地では運転中でも、つい看板や店名などに目が向きがちである。  見慣れない名前やコトバは、助手席の連れ合いとの絶好の話のタネにもなる。  ぱっと一瞬で見取ったゆえに、正確さに欠けるかもしれないが、なんだあ... 続きをみる

  • 北紀行~食べびと篇

     「羽後のたべびと」を自称しているからには書かけねば…。  と、結局こうしたネタは食べ物自慢になることは重々承知しており、何か視点を持つべきとは思いつつ「食いしん坊バンザイ」になるんだよね。    旅の一日目、遅くにホテルに着いたので急いで検索して見つけた一軒の鮨店。  これが、なか... 続きをみる

  • 北紀行~そうだったか篇

     先週から今週にかけて北海道へ。  数えてみると何度も出かけた地であり、惹きつけられることが多いのだろうと思う。  そうでありながら、またそれとはかかわりもなく、旅にでると今さら「そうだったか」と気づくことがあるものだ。  その1「そうだったか、霧の摩周湖」  実は、もはや数十年前となる新婚旅行で... 続きをみる

  • あの戌年の夏~歌③

     毎日およそ30~40分ほど立ち続けて、ずいぶんと自然を感じた時期だった。  学校生活の中でも結構親しむことのできた期間だったなあ。  とりあえず、夏篇はここらで締めとする。 ◆タンポポはどこで  ~06/15/2006  5月の初めの頃だった。  朝の交差点、横断歩道の前で今年のタンポポを、こん... 続きをみる

  • あの戌年の夏~歌②

     登校する子どもたちを、校門前で待つことを日課として始めた最初の年だ。    人数も少なかったし、いろんなことを思いながら立っていたことを思い出す。 ◆雨の朝を見つめて  ~06/10/2006~  一日雨が降り続いた。  梅雨入りは近いかもしれない。  雨降りの日はどちらかといえば嫌いだが、4月... 続きをみる

  • あの戌年の夏~歌①

     別ブログで、写真+短歌・俳句等のような試みをしようとしたが、なかなかはかどらない。  考えるけれど、吐き出せない、啼きだせない現状か。  12年前の6,7月をみると、結構気軽に(どうでもよく)書いている。  レベルアップなどと言わず、ケロっと行こうぜという気分で、あの夏の駄作を読み直す。 ◆蛙の... 続きをみる

  • あの戌年の夏~逢衆②

     これは確か全体の懇親会が終了した後に、ホテル周辺をぶらついたときのことだ。 ◆逢衆ラーメン屋にて  ~07/12/2006~  「手打ちラーメン」の旗がたなびいている。  宿にも近いし、田酒を飲んだ「しめ」にはもってこいだろう。  店の前まで来ると、戸口の前には「焼鳥」と大きな字。  焼き鳥屋崩... 続きをみる

  • あの戌年の夏~逢衆①

     Cちゃんシリーズに続き、「逢衆シリーズ」(と言っても2回だけだが)をお届けする。  どうして、こんなことを書いたのかよくわからないが、妙に記憶がよみがえってきた。  初めて「東北校長会」なるものに参加したときだのようだ。 ◆逢衆列車が行く  ~07/10/2006~  八戸発のスーパー白鳥は、ひ... 続きをみる

  • あの戌年の夏~Cちゃん③

     今、何しているのかCちゃんと思う。  きっといいお母さんになっている。 ◆恐るべし、Cちゃん…永遠に  ~07/02/2006~  「イアッシャイマヘェ」  「コチアエドーゾ、オスワイクダハイ」 …姿を見なければ、そう聞こえただろうか。  正統なラーメン屋の女店員の格... 続きをみる

  • あの戌年の夏~Cちゃん②

     某ローカル放送局のことだと、わかる方はわかるだろう。 ◆恐るべしCちゃん…続き  ~07/01/2006~  今の言葉でいえば「かむ」のオンパレードである。  ひっかかって、ひっかかって  ぎくしゃくを通り越したその喋りに  思わず「バカヤロー」と車内で叫んだほどだ。  しかも、滑... 続きをみる

  • あの戌年の夏~Cちゃん①

     気が向いたときにPCデータ整理をするが、アルバムや文集を片付ける時と同じで、つい見入ってしまうときがある。  削除する前に、ブログに駄文を残しておこうと思いつく。  今読んでいるのは、ちょうど12年前の今頃、別ブログに載せた文章。  当時の様子もなんとなく思い出される。  コメントを寄せてくれる... 続きをみる

  • あの戌年の夏の涙

     「サムライブルー」と言い出したのはいつからだったか。  今はあまりそんなこと言わなくなったのかな。  チームプレーとサムライがイメージに合わなかった。  その意味では、駄文だけれど、なんとなく象徴的な題付けをして書いたものだ。  サムライの哀しい涙  ~ 06/26/2006~  サッカーワール... 続きをみる

  • あれも戌年の夏だった。

     俄かサッカーファンというか、斑ファンというか、真夜中にずっと見続けるまでの気持ちはないにしろ、残念である。そしてたまたまではあるがTVを見始めると間もなく相手チームに点を許すシーンに遭遇するパターンだ。ポーランド戦も、そしてベルギー戦も。相性が悪いのか(何の?)。しかしよく戦ったと思う。  同齢... 続きをみる

  • クヨクヨし引きずり抗え

     「引きずることから切実な表現が生まれる」と筆者は書いた。小さなことにクヨクヨし、様々なコンプレックスを引きずればいいのだ。だからミタビ読み直そう。 2018読了65  『コンプレックス文化論』(武田砂鉄  文藝春秋)  最初なんとなく「コンプレックスはバネ」と題付けをしたが、なるほどと頷きたくな... 続きをみる

  • 何度も遅刻できる精神は

     「遅刻」ってコンプレックスなのか、と普通は思う。単なるだらしなさであり、やる気の問題じゃないのと決めつけてしまいがちだ。しかし、この本を読むと「遅刻」そのものの奥深さ(笑)に気づかされるから、愉快だ。遅刻したことはないと言えないが、ずいぶんその点は気を遣って暮らしてきた。その意味が問われる。 2... 続きをみる